2012年6月20日水曜日

「十三年目の手紙」

三浦さんはまた、「この仕事を続けてきてほんとうによかったと感じるのは、どんなときですか」との質問も寄せていますが、自分の心理療法家としての資質を疑うことがある反面、続けていてよかったと感じることも、もちろんあります。すごくむずかしい症状の人がよくなっていくのは、非常にうれしいことです。

なにしろ、私たちはすごく苦労している人たちと会っています。そういう人がやがて結婚し、子どもができたとか、その後のことを知らせてくれます。そういうときは、ああ、頑張っているな、よかったなと思います。

しかし、これもプロ野球の選手と同じではないかと思います。プロ野球の選手というのは、劇的な逆転ホームランを打っても忘れている人かおりあい多い。往年の巨人軍の名選手、与那嶺要さんは、現役をやめるとき、選手時代の忘れられない思い出として、こんなことを言っていました。

「ほとんどは覚えてないけど、はじめてドラッグバントをして成功したときのことだけは忘れません」私も劇的な事例にはたくさん出会っていますが、そういうのはほとんど忘れています。

ただ、与那嶺さんのドラッグバントに匹敵するような話では、たとえば、ほかでも書いた事例ですが、「十三年目の手紙」というのがあります。

それは、ずいぶん昔のことですが、小学校四年で拒食症になった女の子のケースです。小学校四年生くらいで拒食症になるというのは、すごい重症です。いまでこそそういう子どもがだいぶ増えてきましたが、昔はそういうことはめったにありませんでした。

その子は親に連れてこられたのですが、会ってみたところ、非常にむずかしそうでした。それで「また来るかい?」と聞いたら、「もう来ない」と言う。残念ですが仕方かおりません。

一回、話を聴いただけで、私もこの子はもう来ないだろうと思っだので、帰ったあと、彼女に「来なくてもいいけど、気が向いたら、いつでもいいから手紙くらいください。必ず返事を出します」というような内容の手紙を書きました。

それからは親と面接をしていくうちに、本人もしだいによくなって、数年で完全に治りました。そして、もう関係なくなって忘れていたんですが、それから十三年後に、突然、彼女から手紙が来たんです。

「先生は覚えておられますか。先生はいつでも手紙を出していいと言っておられたから、ふっと思いつきましたので」とあって、最後のほうにこう書いてあったのです。

「先生からいただいた手紙は、いまもずっともっています。それは、私を支える宝でした」私は、出しても返事が来ないからそれっきり忘れていましたが、そういうかたちでその子を支えていたとわかったときは、この仕事をやっていてほんとうによかったと思いました。