2015年10月1日木曜日

外発的な開発戦略

文化については、アメリカ人も非常に理解を示す。私たちも、アメリカの文化を理解する。ソ連についても同じで、キエフのバレエを大分で公演するにしても、共感を持って迎えられる。文化というのは、相互の考え方の相違を乗り越えて理解できるジャンルである。

これが人間のつくった制度になると、歴史的なしがらみや民族的なし、がらみがあって難しい。経済問題では日米関係は、貿易摩擦から構造協議へと少しギクシャクしている。ギクシャクを埋める努力をこれからやらないといけない。その意味で、地域と地域を結ぶローカル外交が役に立つと思う。

地域住民同士がホンネの交流を積み重ねることによって国益の衝突を緩和し、ひいては相互理解にたどりつく。もちろん限界はある。限界はあるが、これを着実にやらないと相互理解は果たせないし、地域の発展もありえない。「インターナショナルからインターローカルへ」である。

一村一品運動は地域の内発的な発展力を生み出す開発手法である。これから述べようとする手法は外発的、つまり外部からハイテク企業や頭脳産業を導入して、その地域にインパクトを与え、地域の経済構造を変革していくというやり方である。

これまで日本の国土づくりの指針としては、拠点開発方式をうたった「全国総合開発計画」(昭和三七年)、大規模プフシェクト構想を打ち出した「新全総」(四四年)、定住構想を提唱した「第三次全国総合開発計画」(五二年)、この三仝総を継承発展させた交流ネットワーク構想を提唱している「第四次全国総合開発計画」(六二年)がある。

終戦後、今日までの国土開発計画は、人口と産業の適正配置を目的としている。たしかに工業分散についてみると、鉄鋼、石油、石油化学、自動車、造船、紙パルプなどの大量の工業用水や大型港湾、若年労働者の雇用を必要とする業種の多くは地方に立地した。しかし最近は、労働力コストの上昇に伴って、FA(ファクトリー・オートメーション)化かすすみ、地域の雇用についてさほど効果がみられないところもある。