ソーターを使用した解析の話をするためには、質問票で集められたデータが、どのように数量化されるかという話をしなくてはなるまい。おそらく誰でも知っているデータ・カードの図である。一枚のカードには縦八〇の行があり一行には二一のパンチを打つことのできる空間がある。縦の行は普通、質問票にある一つの質問を、コンピュータ化することができるので、一枚のデーターカードは理論的には、八〇の質問を収めることができる。そこでたとえばここに「あなたはカーター氏を大統領に選びますか」という質問があるとする。そして質問表の計画により、第二〇行がこの質問にあてられているとする。次にこの質問に対する解答は三種類、つまり「①、ハイ、②、イイエ、③、ワカリマセン」の三つであったとする。このような場合「① ハイ」はパンチ1、「② イイエ」はパンチ2、「③ ワカリマセン」はパンチ3に、打ち込むという約束をするのである。
パンチとは文字通り紙のカードに小さな長方形の穴をキーパンチーマシン(keypunch machine)で打つことである。集められた特定の情報に対して、このようにカードの行数とパンチ数とを指定する過程は、コーディングと呼ばれる。そしてこの情報のカードの、コードを示した表はコードーブックの質問票があらかじめ質問に対する解答を準備して、コーディングを行っている場合は、質開票そのものが、コードーブックになっているわけである。
情報の数量化といってもなんのことはない。質問とそれに対する数種類の解答が、カードの行数とパンチの番号に翻訳される過程が、コーディングである。そしてその翻訳に従ってカードにパンチが打ち込まれれば、情報のコンピュータ化か完成するわけである。バークレーの方法論のクラスで私たちが渡されたのは、このようにしてパンチが打ち込まれたデーターカードの束であった。このデータはもともとバークレーのサーヴェイーリサーチーセンターがユダヤ人協会から依託された、反ユダヤ主義研究のデータであった。
あのデータの質問票は十何ページのパンフレットで、もとのデータは一人の被調査者について、データーカードー一枚に打ち込まれていた。方法論のクラスにいたわれわれ学生は、既にコンピュータの磁気テープに記録されていたデータのなかから、自分たちの好みに応じて、数十の質問を選び出していた。われわれはそれぞれ選び出したデータに基づいて、仮説を検証する課題を与えられていたのである。
忘れもしないあの調査のサンプルは二八七一人であった。ということは二八七一枚のIBMカードにデータが入っているということである。われわれは、そのカードの入った箱をかかえて四、五人ずつ夜のリサーチーセンターに通った。昼間は他の研究のため、ソーターを継続して使用することができなかったからである。われわれは慣れない手つきでソーターの右上の台にカードをそろえて置く。そして行数のダイヤルを目的の数に合わせて、スイッチを入れると、データーカードはソーターの上を流れて、それぞれのパンチに対応するポケットと呼ばれる箱のなかに分類されていく。
ソーターはカードのパンチの穴を引っかけて、パンチ1のカードは右端の第一のポケットに、パンチ2のカードは第二のポケットにというように、それぞれ一二のポケットに選び分ける。そしてソーターの目盛りはそれぞれのポケットに落ちたカードの数を、記録する仕組になっていた。まさに機械の名前のように、カードを数えて分類する(counter-sorter)のである。もちろんあの原始的な機械は、手で数えるより速くて正確である。しかしソーターをいじっていた仲間は皆一様に不器用だった。ソーターがカタカタいい出すと思うとたん、カードが機械に引っかかって無残に破れる。それと共に悲鳴ともため息ともつかぬ声が上る。カードが機械に引っかかると、われわれは時間をかけて破れたカードを一枚一枚、ていねいに機械から外さなければならなかった。そして破れたカードの破片を手掛りに、キーパンチーマシーンで一枚一枚カードを打ち直さなければならなかった。パンチが一つ狂ったらデータの数がすべて狂ってしまう。