ある学者の研究でも、日系企業は米国の陪審裁判での勝率が米国企業よりも高いことが実証されており(丸田隆著『アメリカ民事陪審制度』弘文堂)、そういうことも財界の方々には冷静に理解してほしいと思います。
ただ、もし本当に企業側のやったことが悪質なものだとしたら、その時には厳しい評決になる可能性は否定できません。模擬陪審の事件は微妙な事案だったので、病院に有利とも思える評決になってしまったわけですが、企業が本当に悪かったら、それでは済まないでしょう。
それは企業社会としても、こんな企業は同業者として許せないとして、悪徳企業にお灸をすえることを意味します。つまり、企業倫理向上の観点からしても、陪審導入は全体としてプラスでこそあれ、決してマイナスではないと考えられます。陪審制を恐れなければいけない企業とは、どちらかといえば企業倫理に無神経な、ろくでもない企業だくらいの見方をして、ほぼ間違いないのではないでしょうか。
さらに蛇足を加えるなら、自分の会社の従業員が陪審員に選ばれたとして、それが刑事裁判であれば、「会社のこととは関係ないが、ちょっと社会勉強のつもりで行かせるかな」くらいにしかなりません。それが民事陪審であれば、「わが社が将来何かのトラブルに巻き込まれた場合の参考になるかもしれないから、研修のつもりでしっかりとやってこい」くらいに言えるのではないでしょうか。
企業社会においても、将来、良識ある財界人が現れて、陪審制反対一辺倒から方向転換する時代がやってくるかもしれません。ひと昔前なら荒唐無稽とされた考えが、いつの間にか現実のものに、といった現象が最近起きていることからすると、こういう転換も全くあり得ないことではないと思います。
2014年11月1日土曜日
軍事介入は新しい問題を発生させる場合が多い
平和的手段が、紛争解決に絶対的に有効であるとはいえない。起きてしまった紛争に対しては、軍事介入以上に無力である。現行憲法が唱える「戦争の放棄」は、決して「果報は寝て待て」の楽天主義ではない。
「話せばわかる」が通じない修羅場のむごたらしさを深く認識し、紛争防止のため、平時において粘り強く努力を続けていくことが求められる、地味な厳しい道である。
平和主義が「エコノミック・アニマル」の遁辞に堕す事のないよう、それなりの覚悟と行動がともなわねばならないのである。
「武力によらない平和」を追求する平和憲法は、国の内外で「一国平和主義」「美しいだけで無力な理想主義」と祁楡され続けている。が、世界各地で紛争が絶えない時代状況の中で、ますます光彩を放つようになってもいる。
軍事的手段の限界が世界各地で明らかになってくるのにともない、紛争予防に全力を傾ける「平和的手段」の実利が、次第に広く認められるようになりつつある。
「戦争の放棄」を単なるスローガンではなく、平和達成に向けての現実的手段として定着させていくために、日本が取り組まねばならない課題は、たくさんある。
それは何より日本の持つ世界有数の経済力を活かすことである。食糧、エネルギー、疾病、環境紛争の根にあるこれらの地球規模の諸問題を解決するため、日本は、自らの人、物、情報・知識を総動員しなければならない。それが、二十一世紀日本に課せられた、困難ではあるが誇るべき使命といえる。
「話せばわかる」が通じない修羅場のむごたらしさを深く認識し、紛争防止のため、平時において粘り強く努力を続けていくことが求められる、地味な厳しい道である。
平和主義が「エコノミック・アニマル」の遁辞に堕す事のないよう、それなりの覚悟と行動がともなわねばならないのである。
「武力によらない平和」を追求する平和憲法は、国の内外で「一国平和主義」「美しいだけで無力な理想主義」と祁楡され続けている。が、世界各地で紛争が絶えない時代状況の中で、ますます光彩を放つようになってもいる。
軍事的手段の限界が世界各地で明らかになってくるのにともない、紛争予防に全力を傾ける「平和的手段」の実利が、次第に広く認められるようになりつつある。
「戦争の放棄」を単なるスローガンではなく、平和達成に向けての現実的手段として定着させていくために、日本が取り組まねばならない課題は、たくさんある。
それは何より日本の持つ世界有数の経済力を活かすことである。食糧、エネルギー、疾病、環境紛争の根にあるこれらの地球規模の諸問題を解決するため、日本は、自らの人、物、情報・知識を総動員しなければならない。それが、二十一世紀日本に課せられた、困難ではあるが誇るべき使命といえる。
2014年10月1日水曜日
社会主義の問題点
十世紀頃、ヨーロッパで、イタリアの都市を中心としておこった商業の復活にはじまり、十四世紀から十五世紀にかけてのルネサンス、そして十五世紀末にはじまる大航海時代によって、輝かしい近代が開かれていったわけですが、近代的資本主義は、その経済的原動力を与えていたのです。そして、十八世紀後半から十九世紀にかけておこった産業革命を経て、資本主義の仕組みは、世界中にひろまっていきました。
産業革命の新しい科学技術は、資本主義のもとで、経済・社会の飛躍的発展という輝かしい成果を生み出しました。しかし、その半面、イギリスをはじめとする西ヨーロッパの国々は、強力な軍事力と強大な経済力をたくみに使って、アフリカ、アジアをはじめとして、世界中に植民地をつくり、人類の歴史にもまれにみる残忍で、苛酷な支配をおこなっていったのです。このことは、前にもふれましたが、この残忍で、苛酷な支配は、植民地にかぎらず、イギリス
など本国でも同じように深刻だったのです。レオ十三世が、「レールムーノヴァルム」で、資本主義の弊害といわれたのは、このような状況を意味されたのです。
近代的資本主義は、封建的な遺制を破って、新しい市民社会の形成に中心的な役割をはたしたのですが、十九世紀のおわり頃には、独占的資本家が、自分たちだけの利益を求めて、労働者を酷使し、消費者に不利な価格を決めていったのでした。また、海外での植民地獲得の競争はますます激しくなっていきました。二十世紀の前半に、二つの世界大戦が戦われ、人類史上最大の犠牲者を出しました。その主な原因の一つは、日本を含めた世界の先進資本主義諸国が、自分たちの市場を拡大するために展開した熾烈な植民地獲得のための競争だったのです。
レオ十三世は「レールムーノヴァルム」のなかで、資本主義の弊害を説き、同時に社会主義の幻想をもっことに対して、きびしい警告を出されています。社会主義の考え方は古くからありましたが、現在私たちが使っているような意味での社会主義という言葉を最初に使ったのは十九世紀に入ってから、サンーシモンやロバートーオーエンたちでした。しかし、社会主義の思想を体系的に展開し、政治運動の理論として完成させたのは、マルクスとエングルスでした。
マルクスは、資本主義のもとでは、恐慌が周期的におこり、貧富の差が極端に大きくなる傾向をさけられないと考えました。そして、社会主義革命かおこり、政治権力はプロレタリアート(財産をもたない労働者階級)によって専制的に行使され、私有財産制は廃止され、人々は能力に応じて働き、働きに応じて収入を得るという社会主義の世界が実現すると主張したのです。
産業革命の新しい科学技術は、資本主義のもとで、経済・社会の飛躍的発展という輝かしい成果を生み出しました。しかし、その半面、イギリスをはじめとする西ヨーロッパの国々は、強力な軍事力と強大な経済力をたくみに使って、アフリカ、アジアをはじめとして、世界中に植民地をつくり、人類の歴史にもまれにみる残忍で、苛酷な支配をおこなっていったのです。このことは、前にもふれましたが、この残忍で、苛酷な支配は、植民地にかぎらず、イギリス
など本国でも同じように深刻だったのです。レオ十三世が、「レールムーノヴァルム」で、資本主義の弊害といわれたのは、このような状況を意味されたのです。
近代的資本主義は、封建的な遺制を破って、新しい市民社会の形成に中心的な役割をはたしたのですが、十九世紀のおわり頃には、独占的資本家が、自分たちだけの利益を求めて、労働者を酷使し、消費者に不利な価格を決めていったのでした。また、海外での植民地獲得の競争はますます激しくなっていきました。二十世紀の前半に、二つの世界大戦が戦われ、人類史上最大の犠牲者を出しました。その主な原因の一つは、日本を含めた世界の先進資本主義諸国が、自分たちの市場を拡大するために展開した熾烈な植民地獲得のための競争だったのです。
レオ十三世は「レールムーノヴァルム」のなかで、資本主義の弊害を説き、同時に社会主義の幻想をもっことに対して、きびしい警告を出されています。社会主義の考え方は古くからありましたが、現在私たちが使っているような意味での社会主義という言葉を最初に使ったのは十九世紀に入ってから、サンーシモンやロバートーオーエンたちでした。しかし、社会主義の思想を体系的に展開し、政治運動の理論として完成させたのは、マルクスとエングルスでした。
マルクスは、資本主義のもとでは、恐慌が周期的におこり、貧富の差が極端に大きくなる傾向をさけられないと考えました。そして、社会主義革命かおこり、政治権力はプロレタリアート(財産をもたない労働者階級)によって専制的に行使され、私有財産制は廃止され、人々は能力に応じて働き、働きに応じて収入を得るという社会主義の世界が実現すると主張したのです。
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