あるとき、文化人類学者の中根千枝さんからこんなことを言われました。「河合さんは忙しい忙しいと言っても、五十分間の間はちゃんと人と会って、それ以外になにからも邪魔されない時間がもてるからいいですね」
考えてみれば、たとえ一日に五十分間にしろ、私たちのように、人間のもっとも深いところで話しあう機会をもっている人はめったにいないでしょう。
普通の人間関係といえば、どうでもいい雑談をするとか、酒を飲みながら他人の噂話をするとか、ほとんどが表面的なつきあいです。
しかし、私たちがクライエントと面接している間は、途中で電話がかかってくることもありません。一人の人間対人間として、通常とはまったく違う世界に入っているわけですから、普通の人の忙しさとはまったく違います。むしろ、世間的な忙しさとは無縁の世界で、しかも、非常に濃密な充実した時間です。
私たちは、一週間に何時間かはそういう世界に入っているわけですし、私たちの場合はそれが職業として成り立っているわけですから、自分でもすごく恵まれた境遇だと思いますし、中根さんに指摘されてからは、ますますこの仕事をしていてよかったと思います。
2012年8月23日木曜日
日本の外交官の「気概」
渡辺訪朝団の帰国後に、北朝鮮はコメ支援交渉を行う代表団を派遣した。しかし、この代表団には国際貿易促進委員会の幹部を団長に、アジア太平洋平和委員会の担当者などが加わっていた。外務省の担当者を団長にする本格的な「政府代表団」ではなかった。国際貿易促進委員会は、一応は政府機関といわれているので、準政府代表団であった。だが、この際も北朝鮮政府の責任者や外相からの公式のコメ支援要請文書は提出されなかった。
この時には、日本政府は合わせて五〇万トンのコメ支援を行ったが、北朝鮮政府からの公式の「感謝文」は届けられなかった。そればかりか、金容淳書記がコメ支援について「日本からの謝罪を込めた献上品である」と発言し、これが韓国誌で報じられ日本の世論が硬化した。
しかし、「四党基本合意書」にもかかわらず日朝正常化交渉は再開にこぎつけなかった。この背景には、橋本政権の発足がある。橋本龍太郎首相は、国会対策的な北朝鮮への取り組みを嫌い、自民党に自制を促した。日朝問題は、政府を中心に行うという方針を打ち出した。この方針は正しかったが、北朝鮮側の体制が整わなかった。統一戦線部と北朝鮮外務省の主導権争いが展開されていたからである。この争いに巻き込まれたとは知らずに、日本の外務省は統一戦線部の担当者との実務接触を密かに続けたのだった。これが、日朝の外交ルートでの問題の解決を遅らせた大きな原因の一つになった。
日本の外務省の担当者が、統一戦線部傘下のアジア太平洋平和委員会の担当者と接触し外交的な合意をすれば、統一戦線部は「日本の外務省は、統一戦線部との接触と交渉を望んでおり、北朝鮮の外務省は相手にしていない」と主張できる。この結果、北朝鮮の外務省は対日外交の主導権を握る機会を失うのである。この平壌内部のメカニズムを、日本側は理解できなかった。北朝鮮内部で金正日総書記に近い実力者を求めすぎた結果、統一戦線部に「編された」のである。
渡辺訪朝団の派遣後に、韓国は日朝正常化交渉も南北対話の再開に合わせて行うように求めるなど、日朝正常化交渉の再開にブレーキをかけた。また、一九九六年九月には韓国で北朝鮮の潜水艦が座礁し、北朝鮮の工作員と韓国軍の銃撃戦に発展した。この時期に。日朝関係には新たな問題が発生した。日本人拉致疑惑問題である。新潟県で行方不明になった中学生の横田めぐみさんが、北朝鮮の工作員に拉致された疑いが強くなったのである。「拉致疑惑」の解明が新たな問題として登場した。
この時には、日本政府は合わせて五〇万トンのコメ支援を行ったが、北朝鮮政府からの公式の「感謝文」は届けられなかった。そればかりか、金容淳書記がコメ支援について「日本からの謝罪を込めた献上品である」と発言し、これが韓国誌で報じられ日本の世論が硬化した。
しかし、「四党基本合意書」にもかかわらず日朝正常化交渉は再開にこぎつけなかった。この背景には、橋本政権の発足がある。橋本龍太郎首相は、国会対策的な北朝鮮への取り組みを嫌い、自民党に自制を促した。日朝問題は、政府を中心に行うという方針を打ち出した。この方針は正しかったが、北朝鮮側の体制が整わなかった。統一戦線部と北朝鮮外務省の主導権争いが展開されていたからである。この争いに巻き込まれたとは知らずに、日本の外務省は統一戦線部の担当者との実務接触を密かに続けたのだった。これが、日朝の外交ルートでの問題の解決を遅らせた大きな原因の一つになった。
日本の外務省の担当者が、統一戦線部傘下のアジア太平洋平和委員会の担当者と接触し外交的な合意をすれば、統一戦線部は「日本の外務省は、統一戦線部との接触と交渉を望んでおり、北朝鮮の外務省は相手にしていない」と主張できる。この結果、北朝鮮の外務省は対日外交の主導権を握る機会を失うのである。この平壌内部のメカニズムを、日本側は理解できなかった。北朝鮮内部で金正日総書記に近い実力者を求めすぎた結果、統一戦線部に「編された」のである。
渡辺訪朝団の派遣後に、韓国は日朝正常化交渉も南北対話の再開に合わせて行うように求めるなど、日朝正常化交渉の再開にブレーキをかけた。また、一九九六年九月には韓国で北朝鮮の潜水艦が座礁し、北朝鮮の工作員と韓国軍の銃撃戦に発展した。この時期に。日朝関係には新たな問題が発生した。日本人拉致疑惑問題である。新潟県で行方不明になった中学生の横田めぐみさんが、北朝鮮の工作員に拉致された疑いが強くなったのである。「拉致疑惑」の解明が新たな問題として登場した。
2012年7月17日火曜日
心理療法家の他の専門職と異なる側面
心理療法家の他の専門職と異なる側面としては、人間の関係性ということが重要であること、治療の過程に創造的、発見的な要素が必要であることがあげられます。つまり、専門家が素人の知らない知識や技術を身につけて、それを適用することによって問題を解決していくというより、むしろ、心理療法家とクライエントの間に成立する関係によって、クライエントの潜在的可能性がはたらきはじめ、それによって両者の関係も深まり、可能性がかたちをとってあらわれやすくなってくるというものです。
その可能性が一挙に出現してくるときは、否定的なかたちをとることが多いので、危険性が非常に高くなります。たとえば自殺というかたちをとるかもしれないし、両親からの自立のはたらきが親殺しとなってあらわれることもあります。
ですから、このような過程をともにすることはきわめて困難です。このような困難な仕事をやり抜くためには、やはりどうしても訓練された専門家であることが必要になります。
心理療法家の仕事は危険に満ちた、大量のエネルギーを必要とする仕事で、簡単にできるものではありません。心理療法家の基本姿勢というのは、1 い訓練によって身につくものであり、改善されていくものです。
多くの人がなんとなく他人の役に立ちたいと思っているし、自分のおかげで他人がよくなったなどと思いたいものですから、他人の相談にのったり、指導をしてあげたりしたいと思う気持ちはよくわかりますが、それは趣味の範囲内であり、職業としての心理療法とは異なるものです。
また、心理療法家はつねに常識を超えた判断や考えを必要とされるだけに、常識にとらわれている人では心理療法家にはなれませんが、一般常識をよく知っていなければ、それを乗り越えることはできません。要するに、心理療法家にとっては、毎日の日常生活が訓練の場だということです。
その可能性が一挙に出現してくるときは、否定的なかたちをとることが多いので、危険性が非常に高くなります。たとえば自殺というかたちをとるかもしれないし、両親からの自立のはたらきが親殺しとなってあらわれることもあります。
ですから、このような過程をともにすることはきわめて困難です。このような困難な仕事をやり抜くためには、やはりどうしても訓練された専門家であることが必要になります。
心理療法家の仕事は危険に満ちた、大量のエネルギーを必要とする仕事で、簡単にできるものではありません。心理療法家の基本姿勢というのは、1 い訓練によって身につくものであり、改善されていくものです。
多くの人がなんとなく他人の役に立ちたいと思っているし、自分のおかげで他人がよくなったなどと思いたいものですから、他人の相談にのったり、指導をしてあげたりしたいと思う気持ちはよくわかりますが、それは趣味の範囲内であり、職業としての心理療法とは異なるものです。
また、心理療法家はつねに常識を超えた判断や考えを必要とされるだけに、常識にとらわれている人では心理療法家にはなれませんが、一般常識をよく知っていなければ、それを乗り越えることはできません。要するに、心理療法家にとっては、毎日の日常生活が訓練の場だということです。
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